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盛岡地方裁判所 昭和42年(ワ)299号 判決 1968年11月29日

原告

境橋定二

被告

日本合理畜肉産業株式会社

ほか一名

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

原告

「被告らは原告に対し、各自金二五一万円およびこれに対する昭和四二年一一月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は原告の負担とする」。との判決および仮執行宣言

被告ら

主文第一、二項同旨

第二、原告の請求原因

一、事故の発生

原告は昭和四〇年七月一五日午前八時三〇分頃、訴外十和田果汁株式会社の普通貨物自動車に助手として同乗し、二戸郡福岡町字橋場付近の国道四号線を走行してきて、同町字橋場二四番地所在の訴外会社倉庫前付近で右自動車を停止させ、同車から下車して右道路の右側にある右倉庫に赴くべく、道路を横断していた際、被告高山憲保が運転する被告日本合理畜肉産業株式会社の普通貨物自動車(以下被告車という)が、一戸町方面から金田一村方面に向つて進行してきて、原告に衝突、転倒させ、そのため原告は頭部、腰部挫創等の傷害を受けた。

二、被告らの責任

本件事故は、被告車の運転手被告高山の徐行義務違反(速度の出し過ぎ)と前方不注意の過失により惹起されたものであり、被告会社は被告車を保有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、被告会社は自賠法第三条により、被告高山は民法第七〇九条により原告に対し、後記損害を賠償する義務がある。

三、損害

1  逸失利益

原告は本件事故による受傷のため、労働力が半減し、金一五一万一四一円のうべかりし利益を失い、同額の損害を受けた。

すなわち原告は右負傷により昭和四〇年七月一五日から九月一五日まで入院し治療を受けたが、退院後も頭痛が絶えない等身体の調子が悪く、労働能力は半減し、目下失業状態にある。

原告は事故当時四〇才で、平均余命は三〇・八五才であり、なお六三才までの二三年間就労可能であり、当時前記十和田果汁株式会社に勤務し、日給五五〇円をえていたから、その半額二七五円の割合で一年間のうべかりし利益は金一〇万三七五円であり、二三年間の逸失利益をホフマン式計算法により中間利息年五分を控除して現価に換算すると金一五一万一四一円となる。

2  慰謝料

原告は本件事故による受傷、前記後遺症およびそれによる失業により多大の精神的苦痛を受けたから、慰謝料として金一〇〇万円が相当である。

四、よつて原告は被告らに対し前項1、2の合計金二五一万一四一円のうち金二五一万円およびこれに対する被告高山に対する訴状送達の翌日である昭和四二年一一月一二日から完済まで年五分の割合による金員を連帯して支払うことを求める。

第三、被告らの答弁および抗弁

一、請求原因一項の事実は認める。二項中被告会社が被告車を保有し、自己のため運行の用に供していたことは認めるが、被告高山の過失の点は否認し、その余は争う。三項1のうち、原告がその主張の期間入院したことは認めるが、その余の点は不知、2の点は不知

二、被告会社の免責の抗弁

(一)  本件事故当時被告高山は被告車を運転し、時速約三〇粁で事故現場付近にさしかかつた際、原告は前方右側の停止車両の陰から、やにわに被告車の直前に飛び出したため、避譲の措置をとる暇もなく原告と衝突したものであり、被告高山には過失はない。停止車両が乗合バスまたは電車である場合は、降車する者が車両の陰から不意に出てくることが予想されるから、その側方を通過する自動車運転者は徐行または一時停止するなどの注意義務があるといえるが、本件のように停止している普通貨物自動車の側方を通過する場合にまで、右同様の注意義務が要求されるものではない、

事故現場は国道四号線上で、時間的にも交通頻繁な市街地で、停止中の貨物自動車の陰から出て道路を横断するときは当然左右を注意して交通の安全を確認すべきところ、原告はその注意を怠つてやにわに駈け出したため、本件事故に遭つたものであつて、原告の一方的過失である。

(二)  被告会社は又常に被告高山に対して安全運転につき注意を与え、運行管理についても無理のないよう配慮しており、被告会社は被告車の運行に関し過失はない。

(三)  被告者は、昭和四〇年二月二六日訴外岩手トヨペツト株式会社から買入れ、三月二日引渡を受けた新車であつて、事故当時まで約四ケ月半しか運行しておらず、構造上の欠陥も機能障害もなく、車両整備は完全に行なわれていた。事故当日も被告高山は出発前被告車を点検して異常のないことを確認している。

三、被告らの抗弁(示談契約の成立)

(一)  かりに、本件事故について被告らに損害賠償義務があるとしても、昭和四〇年一〇月二〇日被告らと原告との間で、本件事故の損害賠償として、休業補償費一日一、二〇〇円宛六二日分金七万四、四〇〇円、付添人費用一日五〇〇円宛六二日分金三万一、〇〇〇円、治療費金七万五、九四六円、後遺症補償金(労災一二級該当)金五万円、合計金二三万一、三四六円を支払うこと、以後異議を申立てない旨の示談契約が成立し、それに基いて原告は右金員を受領済であるから被告らの損害賠償義務は消滅した。

なお、右示談契約書(乙第一号証)では、原告と被告高山のみが当事者となつているが、右示談は、被告会社の代表取締役常務内沢義一郎ら立会の下になされ、右示談は原告と被告会社間にも成立したものである。

(二)  原告の再抗弁事実は否認する。右示談契約について、訴外十和田果汁株式会社専務木村啓一郎は仲介をしたにとどまり、当事者双方の代理人として右契約を成立させたものでない。

第四、抗弁に対する原告の再答弁および再抗弁

一、被告会社の免責の抗弁事実中、(一)原告の過失の点否認。原告は右国道の左右に車両の通行がないことを確認の上横断したものである。なお事故当時事故現場付近の交通は頻繁ではなかつた。(二)(三)の事実は不知。

二、被告らの抗弁事実(示談契約)中、被告ら主張の日、原告が被告会社からその主張の金員を受領したことは認めるが、その余の点は否認。

当日原告は、訴外十和田果汁株式会社専務木村啓一郎から、書面を呈示し、会社の責任上の書類であるから押印してくれといわれ、署名捺印したことはあるが、右木村から示談をすることおよびその内容について説明を受けた上で署名押印したものではなく、従つて原告は被告らと示談契約を結んでいない。

原告は生活に困窮していたので、被告ら主張の金員を受領したが、示談契約を承認したものではない。

三、再抗弁

かりに被告ら主張の示談契約が成立したとしても、右契約は前記木村が原告と被告ら双方を代理して結んだものであつて、双方代理に該当し、無効である。

第五、証拠関係 〔略〕

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、(被告会社の責任)

被告会社は、本件事故当時、事故車である普通貨物自動車(被告車)を保有し、自己のために運行の用に供する者であつたことは当事者間に争いがない。そこで、まず被告会社主張の免責の抗弁について判断する。

(一)  〔証拠略〕を綜合すると、以下の事実が認められる。

1  本件事故の現場は、東京から青森に通ずる基幹線である一級国道四号線上の、二戸郡福岡町字橋場二四番地先訴外十和田果汁株式会社の車庫兼倉庫前の地点で、現場付近の道路および周辺の状況は、南西(一戸町方面)から北東(金田一村方面)へ走る、幾分上り勾配の、見通しの良い直線平坦な、歩車道の区別のないコンクリート舗装道路で、金田一村方面に向つて道路左側には住宅等が連なつており、右側には草木の生えた土堤があり、概して福岡町内の住宅街であり、交通量は相当多く、各種自動車の往来が頻繁で、車両の制限速度は四〇粁である。

2  事故当日、被告高山は八戸に行くため、一戸町所在の被告会社を出発し、金田一村方面に向つて時速約三五粁で被告車(トヨペツトマスターラインライトバン、RS四六bD四〇年式)を運転して、事故現場手前にさしかかつたとき、金田一方面から対向してくる小型の普通貨物自動車一台と、後続の訴外十和田果汁株式会社の普通貨物自動車を認めたが、先行の貨物自動車と離合直後、約一〇〇米前方に後続の右訴外会社の貨物自動車が徐行して、前記車庫前の道路右側付近に停止するのを認めたのであるが、同車から下車する人影も認めず、又その周辺に佇立する歩行者もなかつたので、前記速度のまま進行を続け、右停止車の左側方を約一・五米の間隔をおいて通過しようとした。右停止車の荷台には、びん類を詰めた木箱を運転台の屋蓋より稍高く積込んでいたため、前方からは同車の後方が見えない状況であつた。

他方訴外大道鉄男は、右訴外会社の普通貨物自動車を運転走行してきて、前記車庫兼倉庫前付近で、倉庫内から製品を積込むため、右道路の一戸町方面に向つて左側に車を停め、同運転手の指示により、助手の原告が右車庫の扉を開けるため下車して同車の後方に廻り、金田一方面を見て進行してくる車両のないことを確認したが、一戸方面の交通の安全を十分確認しないで、小走りに右倉庫へ向つて道路を横断しようとした。

折柄、被告高山運転の被告車が進行してきて、停止している右訴外会社の陰から急に飛び出してきた原告を、右斜前方約二米の至近距離にはじめて発見し、急拠ハンドルを稍左に切るとともに急ブレーキを踏んだが間に合わず、原告が直近に進行してくる被告車に気付かず、なおも道路左側へ出てきたため、自車前部中央より稍右寄部分を原告の左腰辺に衝突させ、前方路上にはねて転倒させた。

以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果部分は前掲各証拠に対比してにわかに信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  以上の事実によれば、結局被告高山は事故現場付近を制限速度内の時速約三五粁で被告車を運転進行していた際、原告が道路右側に停止していた普通貨物自動車の陰から突然飛び出してきたため、これを発見したときには急停車の措置をとつてももはや原告との接触、衝突を避けることができず、本件事故に至つたものと認められる。

かかる事実関係からすれば、本件事故は被告高山が前方注視義務を怠つたことに起因するものでないことは明らかである。

次に同被告の徐行義務違反の有無について考えるに、一般に停止車両の側方を通過する自動車の運転者としては、当該道路が、その両側に人家等の密集した狭い道路であるとか、停止車が乗降客のある乗合バス等である場合、その他停止車両の周に佇立している歩行者がある等、停止車両の陰から歩行者が飛出してくることが予想されるような特別の事情がある場合を除いては、そのような歩行者があることを予見して、かかる事態に対処しうるように減速徐行すべき注意義務はないものというべきである。けだし、さもなければ自動車交通の円滑は期し難いし、むしろ歩行者の側において、予め進行してくる車両の有無を確認した上、道路を横断するという、基本的かつ些細な注意を払えば、事故を防止しうるのであるから、自動車の運転者は、通常成人の歩行者がそのような注意をした上で行動することを信頼して車両を運転することが許容されるものというべきだからである。

而して本件の場合、前記認定の事実によれば、歩行者の飛出しを予見しうべき特段の事情があつたとはいえないから、被告高山が制限範囲内の従前の速度の儘、停止車両の側方を通過しようとしたことに過失はなかつたものと認められる。(前記訴外会社の普通貨物自動車が対向してきて、前記車庫前付近で停止したとか、都会地でなく歩車道の区別のない道路であるとかの事情は、いまだ右にいう特段の事情には該当しないと考えられるし、むしろ右自動車の停止した道路右側は、人家の途絶えた場所であるから、一般歩行者の飛出しは予見し難い箇所である。)

かえつて前記認定の事実からすれば、原告が一戸方面から進行してくる車両の有無を十分確認した上、道路を横断すべきに拘らず、その注意義務を怠つたために、本件事故に遭つたものと認められるから、原告の過失は明らかである。

又〔証拠略〕を綜合すれば、被告会社が被告車の運行に関し注意を怠らなかつたことおよび被告車に本件事故との因果関係を否定しえない「機能の障害または構造上の欠陥」がなかつたものと認められる。従つて被告会社の免責の抗弁は理由があり、これに対する原告の請求は理由がないものといわざるをえない。

三、(被告高山の責任)

本件事故発生について被告高山が無過失であること前述のとおりであるから、同被告には民法第七〇九条の責任はなく、原告の同被告に対する請求も又理由がない。

四、(結論)

よつて爾余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求はいずれも失当として排斥することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川正昭)

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